実印に彫る書体といえば、普通には読みにくいような迷路のようなイメージの字を思い浮かべる人も多いと思います。
ネットで調べたり実印を作ったことのある人に聞くと「縁起の良い書体」とか、「読みにくい字で作るものだ」とか……。実際のところはどうなんでしょう。
この記事では、「実印に使われる書体について」と「実印と開運や縁起との関係について」書いています。
実印に彫る書体の選び方
お父さんなど、家族が昔から持っている実印に見られるような複雑で読みにくい書体を「篆書体(てんしょたい)」と言います。篆書にも種類がありますが、実印に多く使われるのは「小篆」「印篆」です。歴史が古く、中国の秦・漢の時代から印や碑などに使われてきた伝統的な書体です。
伝統的な漢字の書体なので、当然、適当に複雑にしてぐにゃぐにゃ書いて良いものではありません。きちんと字としての決まりがあるので、はんこを彫る職人さんたちは必ず篆刻(はんこを作る)用の字典を持っていて、それを参照しながら字を入れています。
篆書体をベースに、より複雑にアレンジして読みにくくした「印相体(いんそうたい)」という書体が最近は人気があるそうです。別名「吉相体」とか「八方篆書体」などとも呼ばれているそうですが、「小篆」「印篆」のように伝統的な漢字の書体ではなく「開運」を売りに文字をデザインした書体です。
また、実印を作るなら複雑な文字じゃないといけないようなイメージを持たれている方が多いですが、そんなことはまったくありません。
この写真は、昭和58年発行の「常用漢字印章字林」というミニ版の字典ですが、このページにあるように、なじみがあって読みやすい「楷書」や「行書」、「草書」や「隷書」や「古印体」といった書体で作ったはんこでも実印にできますよ。
女性の名前には漢字ではなくひらがなやカタカナ表記の方も多いですよね。篆書というのは漢字の書体なので、篆書でひらがなやカタカナの名前を彫ることはできないのです。
(「実印の作り方は女性の場合もフルネーム?大きさのおすすめは?」の記事も、よかったら参考になさってください!)
「仮名の名前だけれど、どうしても複雑で読みにくい字のはんこが作りたい!」というのであれば、先ほどの「印相体」ならそれっぽくデザインしてもらえるかもしれません。
ただ、職人さんが手彫りで作っているお店では「印相体(吉相体)で」と注文しても断られてしまうこともあります。先ほども書いた通り、はんこの伝統的な書体である「小篆」や「印篆」といった篆書体には字としての決まりがあって、職人さんたちは篆刻用の字典に基づいて文字を入れています。それに対し篆書をアレンジした「印相体(吉相対)」というのは、「小篆」や「印篆」のルールとは関係なくデザインされた書体ですので、やり方が違うのですね。
どちらも受け付けてくれるはんこ屋さんもあるかもしれませんが、昔からある老舗の職人さんなどは篆書体を勧めることが多いのではないでしょうか。
実印の書体はなぜ印相体が人気なの?
最近流行りの「印相体(吉相体)」、なぜ人気があるのでしょう?
まず第一に、「開運」を売りにしていること。はんこ、特に実印というのはめったに作るものではなく、普通は「一生に一度作るかどうか」というくらいのものだと思います。さらにその実印を使うのが「住宅購入」や「新車購入」など、「縁起を担ぎたい」という思いが強くなる場面が多いので「実印」=「開運アイテム・お守り」という扱いをして人気を集めているのではないでしょうか。
次に「防犯」を売りにしていること。敢えて複雑な書体にすることで他人が読みにくいので防犯になるとか、複雑なので偽造防止になるとか言われています。実印を使う場面は、高額な財産を取り引きするときですよね。「悪用されたくない」という意識に訴えかけるものがあり、人気なのだと思います。
また「貫禄」を売りにしているものもあります。印相体のはんこは太い線で彫られているものが多いようです。その方が運気が良くなるのでしょうか。全体にどっしりとした印象で、「貫禄のある実印」であるということは主に男性に人気なのではないでしょうか。
実印の書体で運が変わるって本当?
こんなに色々な理由を並べられて売り込まれたら「実印は印相体で作ったほうが良いの?」って思ってしまいますよね。でもそんなことはないですよ。
まず、実印は開運アイテムなのでしょうか?確かに、人生の大切な節目で大事な財産の取り引きを行う時に使う一生もののはんこですので、間に合わせで用意したものではなく「ちゃんと作られた」お気に入りのものを実印にするということは大事なポイントです。が、実印は実用品です。
たとえば「包丁を買うなら絶対この開運包丁にしましょう!運気が良くなる刻印が施されていて、料理もあっという間に上達!調理中の不慮の事故も防ぎますよ!」とか言われたらどう思いますか?超あやしいですよね!
実用品の包丁に大事なのは「使いやすさ」とか「切れ味」であって、それを使って料理が上達するかどうかとか、調理中にケガをしないかどうかは本人の心がけ次第なんです。
実印も同じです。手相などと同じように印相と言っていますが、はんこ屋さんは占い師ではなく「はんこを売る人」です。「はんこを売る人」の中に「はんこを作る職人」がいて、「はんこを作る職人」はお客さんに頼まれたはんこを、自分の持つ技術と知識を使って、実印として使うのにふさわしい実用性と一生ものにふさわしい美しさを持つ一本に仕立てます。
「開運印」というものを作るから運気が上がるのではなく、心から大切にできる「とっておきの印」を作ると大事な取引の際に嬉しい気持で使えるから「気分が上がる=運気が上がる」のだと思います。開運アイテムが必要なら神社やお寺にお参りしてお守りを頂いたほうがずっとご利益があるんじゃないかなぁと思いますよ。
防犯上いいと思って複雑で読みにくい書体にしたら、役所で登録するときに「読めない」という理由で受け付けてもらえなかったり、持ち主本人でも読めなくて変な向きに押してしまったりといった不都合もあるそうです。偽造防止という点では、職人が手で字を書き入れ、最初から最後まで手彫りで作り上げたはんこの方が安全です。
貫禄のある印影にしたいのなら、職人に直接希望を伝えてイメージに合った書体で作ってもらうこともできますよ。
実印の書体で運気が良くなったり悪くなったりすることは絶対にないので、好きな書体を選んで作ってもらいましょう。そういう意味では、印相体の書体が気に入ったのであれば印相体で作ってくれる職人さんのところで作ってもらうといいと思います。
なにより大事なのは「納得のいく気に入ったもの」を実印にすることです。「これじゃあ運気が下がりますよ!こうすれば上がりますよ!」などという言葉に惑わされず、本当に気に入ったものを作ってくれる職人さんを見つけられるといいですね!
まとめ
実印に彫る書体には色々な種類があります。
伝統的にはんこに使われてきた書体には「小篆」「印篆」といった「篆書(てんしょ)」、なじみがあって読みやすい「楷書」や「行書」、「草書」や「隷書(れいしょ)」や「古印体(こいんたい)」があります。
更に昭和30年代頃「印相体(いんそうたい)」という篆書をアレンジしてデザインした書体が誕生し、その後、開運印などと言って売り出されて流行しました。
そもそも「印相」などというものはなく、実印の書体によって運気が変わることはないので、イメージに合った好きな書体を選んで作りましょう。
実印は開運グッズではなく、一生ものの実用品です。素材やサイズや作り方同様、書体も自分の気に入ったものを選んで「お気に入りの実印」を作って大切に使うことが一番大事ですよ。